聖母被昇天祭ミサ説教

2007年8月15日
於:桜町教会

 私はカトリックの司教ですが,時々キリスト教に違和感を感じて悩まされることがあります。日本人として生まれて育った文化と,自分が求めて入信したキリスト教というものが相容れないなという感覚が,いつもつきまとっております。例えばお盆の時と言いますと,子供のころ御神輿を担いだことも何度あるでしょう。自分の祖父の葬式の時に祖父が使っていた茶碗がパンと割られたことなど,鮮明に記憶に残っております。これらとキリスト教とか,バチカンを代表するカトリック教会とか司教とか,なかなかぴったりと来ないことが私には多いのです。例えば司教の服装自体がぴんとこなくて,少し以上に抵抗があります。
 最近,私がイタリアで一緒に勉強した仲間の,尻枝神父という人を失いました。彼は長くバチカンの諸宗教対話局の次官をしていました。23年間だったと思います。普通だったら次官は大司教,それから枢機卿の道を歩むエリートコースの道だったのですが,彼は頑なに断ったというのがもっぱらの噂です。ビネドリ枢機卿とか,現在の典礼秘跡省長官アリンゼ枢機卿に仕えて23年間ローマで過ごしたことになります。
 私は神学を一緒に勉強し,司祭になってからも勉強を続けた仲間です。私はローマに行ったときに諸宗教対話局を訪問しては,他の宗教との関わりとかキリスト教一致のこととかを何度も話し合いました。まじめに議論を戦わしたことも何度もあります。彼が逝って私が一番寂しく思うのは,今のカトリック教会の中で現代日本の文化の中でキリスト教の果たす役割とか,キリスト教と日本の伝統,宗教とのつながりとかを話す相手を失ってしまったことです。しかし,神の摂理なのでしょうか,仏教が非常に盛んな四国に赴任することになり,同じような問題を毎日考えさせられています。これは私にとっては大きなチャレンジであると同時にお恵みです。仏教から多くのことを学ぶチャンスが与えられたと感謝しています。問題は,これから私がキリスト者として,他宗教との関わりをどのように持つのかということです。これは大きな課題として私たちに突きつけられています。
 振り返って見ますと,この問題は日本の教会にとって400年間一番大きな課題でした。昔の宣教師たちが一番悩んだこと,そして努力したことは,どういう風に日本の文化とキリスト教が関わりを持てるか,これでした。400年経った今,私たちはあまりにも容易にこの問題を避けて,自分たちだけの宗教ということを考えてしまうおそれが十分にあります。それは日本人にとても大きな違和感を与えている理由なのかも知れません。キリストの宣言だけをしている時に日本人の心証を非常に悪くしているということがあります。

 来月(9月15日)徳島でシンポジウムが開かれます。400年前に使われていた日本の典礼書の書名は「サクラメンタ提要」といいますが,その本の後半の部分にグレゴリオ聖歌集があり,当時の日本人の信者が歌っていた歌がそこに載せられております。当時のセルケイラ司教は,日本での典礼を日本の文化に適応させる努力をしていることが分かります。例えば,正月にあわせて典礼暦を作ってみるといったことです。私たちも,もう少し日本の文化ということを考えないといけないし,独善的なキリスト教は避けたいものです。
 長い仏教文化を持ったこの四国の土地の中で,私たちはどのように彼らと対話ができるのか,どのように彼らを受け止めることができるのか,真剣に考える必要があります。私たちはどのように彼らの文化と交われば良いのでしょう。どのように受け入れることができるのでしょう,ミサ一つとりましても日本という文化,土壌,それが何であるかをよく分かって形式を整えていかなくてはなりません。やみくもにただキリストの宣言をして,福音を伝えればいいというものではないのです。これは400年前の日本教会の最大の課題でしたが,現代の日本の教会が多分今一番なおざりにしている課題の一つでもあることに気づかないといけません。他の人がカトリック教会に違和感を感じているとすれば多分この点があると,認識してかかる必要があります。
 私は生まれながらの信者ではありませんので,長崎に行って初めて何となく違うキリスト教を感じました。長崎の土壌,長崎の風土,風習の中にキリスト教が入っていると,ひどく感じました。例えば8月15日の聖母被昇天祭は村の祭りになっていて,例えばかんころ餅とか,ふくれ饅頭を食べて,祖先の供養をしている。村全体に8月15日聖母被昇天祭が入っているのです。何の抵抗もなくその土地の中にキリスト教がある。教会がそこにあって何の抵抗もないという姿,借り物の着物から自分の背丈に変わっている教会がある気がします。長崎の風物の中に教会がとけ込んでいるのですく必要があるのではないかなと。

 高松に来て3年が経ちましたが,高松教区の一番の大きな課題は,「この四国の土地の中に,どのように市民権を持つか」,これだと思います。キリスト教をどのように自分の言葉できちんと伝えることができるか。相手の心証とあわせた表現ができるのか,このへんが一番大きな課題ではないのかなと思います。  被昇天の聖母の福音からかけ離れましたが,今からの教会の方向性を考える助けを聖母が下さるようにお祈りしましょう。

    ※司教様チェック済み