ウィークリー・メッセージ 201731

 

「タレントを生かす

  

道後教会担当司祭  川上 栄治

 

 日の福音はタラントンのたとえ話です。

タラントンという言葉は今わたしたちが用いている「タレント」という言葉の由来です。今日の福音書に出てくる「タラントン」は貨幣の単位で現在のわたしたちの数年分の収入にあたります。ですから、主人が「お前は少しのものに忠実であった」とありますが、主人が僕に預けたお金はかなりの大金であったことが分かります。


 主人からお金を預かった三人のうち、二人は自分の方法でお金を増やしましたが、一人はそのお金を地面に埋めておきました。主人が旅から帰ってきたとき、お金を稼いだ二人の僕は主人から褒められますが、地面にお金を隠しておいた僕は主人から「怠け者」と罵られた上に、外に追い出されました。


 このたとえ話はわたしたちの常識からすれば疑問があります。主人は「銀行に預けておけば利息付きで返してもらえた」と言いますが、銀行に預けて万が一そのお金が無くなったらどうしようか、と1タラントンを預かった僕は思ったかもしれません。実際当時の社会ではお金を地面に埋めておくことは安全なお金の管理方法として一般的でした。だから、1タラントンの僕が受けた仕打ちは理不尽に思えるかもしれません。


 そこで、このたとえ話が何をわたしたちに語ろうとしているのかを考えてみましょう。聖書のたとえ話は神の働きについて語るものですが、このたとえ話はわたしたちがどのように生きるかという、わたしたちの生き方を中心にしているものです。


 主人から与えられた5タラントン、2タラントン、1タラントンというのは、わたしたちが持つ「才能」のことです。まさしく今の時代の「タレント」の意味に通じます。その才能を5タラントン、2タラントン与えられた者はさらにお金を稼いだというのは、自分の才能を「外に向けて」使ったことを意味します。そうなると、1タラントン与えられた者がそれを土の中に隠したというのは、自分の才能を「土の中」つまり「自分の中」に閉じ込めたままにしておいたということです。つまり、主人である神が1タラントンを地面に隠しておいた僕を叱責したのは、自分に与えられた才能を「外に向けて」使わなかったからです。


 わたしたちは自分に与えられたタレントを生かしているでしょうか? しかし、それは何か特別なことをするという意味ではありません。それは、積極的に日々の生活の出来事を受けとめ、信仰の道のりを歩んでいるかどうかです。5タラントン・2タラントンを預かった者は自分にできる限りのことをして信仰という「タレント」を増やしたのに対し、1タラントンを預かった者は信仰の「タレント」を守ることだけを考え、それを生かしませんでした。つまり、タレントは他の人に対して使うことによって価値があるのです。


 キリスト教の信者にとって、これはどういうことを意味するのでしょうか? キリスト者にとって最も大切なことはミサに参加し、祈りをすることですが、それはわたしたちの神との交わりというタレントを築く土台です。それを生かすのは、日々の生活における周りの人との関わりです。


 ただ、周りとの関わりといっても、それは「何か活動をする」ということではありません。高齢の方で教会に来ておられる方の中には「自分には活動ができないから役に立たない」とおっしゃる方がいます。しかし、キリストを信じる者はすべて「タレント」を持っています。すなわち「キリストに従って生きる姿」です。体が動きにくくなったとしても「キリストの姿」を人々に示すことはすべてのキリスト信者にできることです。その「タレント」を周りの人に伝えることが大切なのです。それこそキリスト者が行う「福音宣教」の土台になるのです。

 

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